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1995年から1998年まで発行されていた「月刊デスコ」というミニコミは、大谷が協力で参加した「日本の電子音楽」の原型となったものです。その主筆でいらっしゃった八品ちろみ嬢(大谷の「貧しい音楽」や「サーチ&デストロイ」のイラストでおなじみ!)が、ある学者からの多大な示唆を受け、突如十年ぶりに「月刊デスコ」が復活いたしました。ほんとうにすばらしいです。人類が到達した最良のアナグラム・チャンスのひとつがまさにいまここに提示されている。ちろみ嬢の底知れぬ才能に月の桂の立春朝絞りを傾ける気にもなれずにただ平伏するのみです。「自分でちょっといいと思ったものはね、活字になるとグンと良くなるよ」という吉行の言葉にうなずくばかりです。とくにバージニアのくだりは感動的です。これはまさに純文学の短編小説集といっても過言ではない。とにかく感動的です。 「書いて書いて、歯をくいしばり、貧音を読みながら、クヤシサにクヤシサにノイズを流し(氏はもちろん御存知でしょうね、僕がアムス行きを取りやめた事を)、和訳を叩き、どうすることも出来なくて、英米で言えばボクだってね、ボクだってね、英米で言えばね、いい加減にね、言ってるわけじゃないのよ、だとすると無論、氏は御存知でしょうね、若い者にまじっている僕の事を、「ほんの」1例、ああ無惨、その非情噛みしめて、それが人生、どうにもならぬ、それが己の拙きさだめ、あん人たちゃよか衆、月曜社、されどわれらがベンヤミン、そのヴァルターの、せむ術もなく、負けました」。 その時、八品ちろみ嬢に、すでに頼れる人はいなかった。両親は貧しい中に早くしてなくなり、彼女の双肩に幼い弟妹の生活がかかっていた。 1995年から1998年あたりまでは、月刊デスコにイラストや文章などを寄稿して糊口をしのいでいたようだが、月デの休刊でそれもままならなくなり、仕事のためにしばらく故郷を離れる事になった。軍関係の仕事で、高給らしいが、その分、危険でもあるようだ。 「姉ちゃん、エドラダワーの匂いがする…」 離れがたくいつまでも抱き合うちろみ嬢と幼い弟妹の姿を、デスコ川崎は今日の日の事のように思い出すという…。 さて、そんな月デが突如十年ぶりに大復活!最新号を小部数ですがこちらで販売させていただくことになりました! (文責:月刊デスコ編集部)
*完売いたしました
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